古い言葉達

 昔のファイルを整理していて古いファイルを見つけました。
 当時運営していたサイトは年に2万ほどのアクセスがあり、山というよりも観光といった意味合いの強い内容でした。10年ほど前に閉じたサイトです。

 そんな中で、より山寄りの内容を紹介したいと考えて作りかけたコンテンツがファイルで残っていたのです。
 内容を読んでみると、今も何かにつけてつぶやいている言葉がいくつも見つかりました。以下はその文章です。
 文に脈絡が無く読みにくいものですが、未完成ということでご勘弁ください。後半は特に書きかけのままの文章です。

<より楽しい山歩きに>


 いつも行っている近所の山や、たまに行くニセコなどの近郊の山。そんな山々の事を書き綴ったこのページを見てくれた人に会った時、「いいね。いい趣味を持っているね。」などとよく言われますが、「一緒にいかがですか?」と聞くと、「歩くのはどうも苦手で・・・」と返ってきます。
 私は別に山登りをする「山屋」ではなく、低山とも言えないようなコブを這い回っているだけです。 そんな山になんでそんなに行くんだと聞かれても、楽しいからと言うより他ありません。 実際、人気の無い林の中や、見晴らしのよい所を歩いている時の気分といったら「最高!」というより他に表現できません。
 何がそんなに楽しいのかと自問した時、山や風や木々との一体感が好きなんだと思いました。 もちろんそれは山に限った事ではなく、海でも平地でも川でも得られるもので、私の場合はたまたま山だっただけなんです。
 昨今の百名山ブームから、中高年の山歩きがブームとなり、アウトドアブームの延長線から山に登りはじめる人が増えてきました。 これはとても嬉しい事で、歓迎すべき事なのでしょう。 しかしその反面には、遭難事故の増加、ごみ問題をはじめとする自然破壊など、多くの問題点が浮かび上がってきている事も事実です。
 そこで、これから山に登り始めようという人達のための「山歩き講座」をはじめてみようと思いました。

用意したいもの

 「心」
 心などと大仰な見出しを付けてしまいましたが、山に入る時に持って行って欲しい「優しさ」と「恐れ」について、少し書かせてください。

   優しさ・・・
 これは、自分も含めてすべての物に対するやさしさだと考えてください。
 つまり、木々や草花に対する優しさを持ち、次に来る人達や子供達に、今目の前にある景色を見せたいと思う気持ちを持っていただきたいのです。その優しさが自然を守る事に繋がっていくと考えています。
   恐れ・・・
 いつも自然を恐れる心を持ってください。 条件が良い時は暖かく優しい自然も、時には恐ろしい顔を見せる事があります。 他にもいろいろな障害や限界に出会う事もあると思います。 それらは基本的に自分自身で回避したり解決しなければならない事です。 常に心構えと準備を怠らないで下さい。

 「知識」
 このところキャンプ場の廻りの遊歩道の延長であるかのように山に入る人が増えています。山と遊歩道には基本的な違いがあります。遊歩道は管理されており、山は管理されていないという事です。 なんだそんな事かとお思いでしょうが、とても大きな違いです。 公園やキャンプ場の廻りにある遊歩道は、道路はもちろん道案内の標識、危険な場所には柵があり、所々にはトイレや水場が設置されています。 それに比べ、基本的には道案内の標識はありません。 また、危険な場所を示す看板も無く、せいぜいロープを一本渡してある程度です。 水は川や湧き水がある場所を知っていれば手に入れる事も出来ますが、北海道ではエキノコックス病の危険があるため水をそのまま飲む事は出来ません。 ぜんぜん荷物にはならなくて、とっても使い道があるもの。 それが「知識」。

「必要なものは何ひとつ忘れてはならないが、 不必要なものも何ひとつ持っていってはならない。」
今は亡きフランスの名ガイド、ガストン・レビュファ の言葉です。